富士経営コンサルタント 木下

『ああ、もっと早くにこうしていたらなぁ・・・。』そんな企業さんに出会うと居たたまれなくなるんです。

私は元々、理系でして、まさか自分が経営再建とか事業推進に関わる仕事に就くとは夢にも思っていませんでした。

大学で化学を専攻した後大手製造メーカーにおいて工場内の物流ラインの構築や改善を行う仕事につきました。

設備メーカーさんとよいラインをつくるにはどうしていったらいいか?
そんなことを日々考えながら仕事に向き合っていましたね。

大手メーカーであったこともあり、比較的交渉はしやすく設備メーカーさんも私が投げる要望によく対応してくださいました。

しかし、日に日にひとつの疑問が私の中で膨らんできます。

『この会社の看板を外したとして、私は自立して生きていけるだろうか。。』

そのとき、私の背中を押してくれたのは、当時勤めていた会社のグループ代表の言葉だったんです。

『輝く個人になれ!』

そうだ、自分の存在理由を見つけ出し、磨き上げなくてはならない。

私は一念発起し、30歳になった年、
地元の福岡に戻り新たにキャリアをつくりあげることに決めたのです。

当時、既に結婚しており、子供も二人いましたが妻も私の意志に賛成してくれ(ていたと信じています。笑)
まずは、福岡に戻ることができました。


福岡に戻って興味を持った仕事が『経営コンサルタント』。
個人が輝かねば成立しない仕事に就いて自分を磨く、
そんな方向性に胸が躍り始めました。

そして、縁があったのが『富士経営』。
不思議なご縁で入社することになったのですが、
そのときの社長とのやりとりは今でも覚えています。

一通り社長の想い・富士経営の理念を語られて
最後に一言、
「この理念に共感するなら明日から来い!」。

びっくりしました。
(因みに翌日は土曜日だったので、実際は3日後に出社することになったのですが(笑)。)

しかし躊躇する理由はありません。

こんなに正々堂々と社会に対して貢献しよう!という想いを持っているなんて、すごいなぁと。
中小企業様の経営に関わることで地域に・社会に貢献できる、ここにも共感しました。

それからは勉強の毎日です。
当然ながら?!決算書だって読んだことなかったんですね。

しかし、本を読めども読めどもピンとこない。
弱りましたね。(苦笑)

そこは、やっぱり現場の大切さを前職で経験していましたのでお客さんの所に足を運びました。

現場、現場。

現場を見て、現場の方に話を聞くことで、どんどんと新しい発見があり知識を蓄えていくことができました。

そこで気付いたことは
『ひとつとして同じ企業はない』ということ。

また、特に中小企業様は経営者次第。
経営者の方の気持ちひとつでいかようにも変化する。

この現実を肌感覚で学べたことは大きいですね。

そんな経験を積みながら、いくつもの大きな難題にも向き合いました。

そのうちの一社は今でも思い出深いですね。

負債総額10数億円を抱えて立ち往生している食品加工会社様。
本業では支えきれない負債を抱えておられ、金融機関との調整も
難航を極めておられました。

経営再建のプロジェクトに私達は途中から参加をしたわけですが、
最初に感じたことは、
『もっと早くに出会うことができたら、もっと問題を軽くできただろう。』
というもどかしい気持ちです。

社長の崎田と一緒に丸4日間朝から晩まで決算書を紐解いて
何とか解決の糸口、方向性を探りに行きました。

崎田のすごいところは『何とかなる、何とかする』という執念であり気迫です。

この気迫に押されるように食品加工会社様の皆様も一緒の方向を向いて
走ってくれるようになりました。

結果的に業界大手の上場会社様に手を挙げていただき、
事業継続の道筋が立ちました。

そのときのお客様とは今でも笑顔で話ができる、これはひとつの手応えであり成果ですね。

世の中には、もっとこうすれば身軽になって、やり直しがきくのに
と、やきもきするような企業様で一杯です。

早く知り合いになっていれば、早く相談していただければ。

問題解決に早急に取り組み、足元をしっかり固めて新しい事業や市場に挑戦して頂きたい。

福岡からアジア、そして世界に羽ばたく企業様がどんどん生まれてくることが私の願いです。

そのためのお手伝いをさせて頂けるとすれば、
それはとても嬉しいこと、有難いことですね。

こんなすばらしい仕事に出会えたことを、今ではとても感謝しています。

経営者と従業員の強い結びつきが、会社の力となる。